04.5


 

 ゆすいでもゆすいでも口の中にまだあるようで、しまいウィルは嘔吐いて咳き込んだ。

 気持ち悪い、気持ち悪い……。

 ままならぬ身のウィルには、会いたくなくても会いに行かねばならない相手がいる。

 今日の外出もそうだ。

「やあ、ウィル。よく来たね」

 部屋に入ると、ソファーの一つに男が座っていた。皺のある目元を細めてウィルの来訪を喜んでいる。

 ここは男が身内に内緒で所有している別邸で、ウィルが男と会うときはいつもここだった。一見質素なつくりの邸だが、形作るものは高級品ばかりとウィルは知っている。

 使用人はウィルを主人のもとまで案内するとさっさと消えてしまった。ひょっとした今この邸にはウィルと男の二人しかいないのではないかと思えるくらい、使用人たちは気配を消すのが上手い。

 男は髪に白い筋が混じるような歳で、けれどすっかり年老いたというには早く、しっかりとした体躯をしている。着ている服や肌つやを見れば上流貴族なのは見間違いようがない。

「さあ、おいで」

 一人掛けのソファーに座る男はやわらかい声でウィルを呼んだ。

 呼ばれたら行くしかない。

 ウィルは座る男の膝上に乗り上げる。それを男はにこにこしながら眺め、節くれ立った指でウィルの頬を包んだ。

「さあ、じいじによく顔を見せて」

 腿に掛かるかかる重みすら愛おしそうに微笑み、指の腹でウィルの顔をなでる。

「この前逢ったのは夏の頃だったか……相変わらず、あの子のよく似ておる」

 懐かしむような声。

 彼はウィルにとって母方の祖父である。母親はウィルのことをすっかり忘れているが、祖父の方はそうではない。

 親指がウィルの唇に触れ、感触を確かめるようにふにふにと指の腹を押しつけてから、紅を引くように下唇をなぞる。その仕草は孫にするにしては如何せん性的だった。

「仕事だから仕方が無いが、もう少し間を開けず逢いたいものだ」

 指先が閉ざされた唇をこじ開ける。けれど固く閉ざされた歯列がその先へは進ませない。

 一瞬、男の瞳に苛立ちの色が過ぎる。

 彼は対面するウィルの腰に手をやり、くるりと向きをかえた。ウィルは背後から男に抱っこされた形になる。男はそのまま、まるで恋人にでも接するようにウィルの腹へ腕をまわした。その間、ウィルは人形のようにおとなしくしていた。

 衣服の上からゆっくり腹をさすられれば、ぞわりと鳥肌がたつ。

 喜色を浮かべる男と対照的に、ウィルの顔からは表情が消えている。仕事ならと割り切りだいたい愛想のいい顔をする彼には珍しく、邸を訪れたときから笑みがない。

 本当は今すぐにでも腕の拘束を振りほどいて突き飛ばして帰りたいのだ。

 だが来いと呼ばれ、行けと命じられれば、ウィルにはどうしようもないのだ。

「?」

 ふと、ウィルは違和感を覚えた。

 場所は男にやんわりさすられている腹。

 服と肌が擦れる熱かと考えたが、妙だ。これは表面的なものではない。腹の奥側、手では触れられぬようなところがじくじくと疼くような感じである。

 ……まさか。

 ウィルは恐る恐る男を振りかえる。

「……なにをしたの」

「ああ、やっと口をきいてくれた。なに、この前な。以前世話をしてやった魔法使いと再会してな。一夜限りの魔法を授けて貰ったのだ。可愛い猫とたまには面白い遊びをしたい、なかなか素直にならん子猫なのだと言ったらな、授けてくれたのだ」

 愉しそうに教えられ、ウィルは愕然とした。

 気のせい程度だった疼きがじわじわと明確になっていく。

 腹が、いや、身体が燃えるように熱い。

「さあ、爺と遊ぼうな」

 ウィルは目眩がした。気分の問題でなく、本当にそれが起こった。

 霞む視界に男の顔が近づく。首を捻った状態のウィルに、男が口をよせた。いや、そんな可愛らしいものではない。好々爺した面を捨て去り、むしゃぶりついてきたのだ。

「ふ……ン、んんっ」

 強引に攻め入ってくる舌に驚き、男を押しのけようとしたが、身体に力が入らない。腹の疼きが毒となって全身にまわったのかもしれない、と頭の片隅でぼんやり思う。

 歯列を、口蓋を舐め回し、舌を絡め取られる。まるで違う生き物のような動きにウィルはただ翻弄される。ずくりずくりと腹の疼きが増していく。

 口伝いで流し込まれる唾液を吐き出したいのに、確かに嫌だと思うのに、勝手に喉が動いていた。ごくりと喉を震わせ、感嘆に酔う。

 ――ああ、なんて甘い。

 そう感じた自分の心に戦慄した。

 唾液が甘いわけがない。ましてや美味いはずがないのに、身体はそれを得て喜んでいる。いつの間にか男の腕に縋り付いていた。

 離れた唇を目で追う。

 もっと欲しい。

「なんだいウィル? 物欲しそうな顔をして」

 欲でぎらついた男の目にさらされながら、ウィルは「ほしい」と小さな声で言った。

「もっと私と唇をあわせていたいのかい?」

 こくりと肯く。

「そうか、じゃあいっぱいしようか」

 ふふふと男が声に出して笑う。

 そうして軽く酸欠になるほど繰り返され、肩で息をするウィルに男が言った。

「これも欲しくないかな?」

 ぐっと手を取られ、男の股間に押しつけられる。何度も口づけを交わしながら、ウィルも男のそこが昂ぶっていることには気がついてはいた。

 おぞましい――ぞっとすると同時に、じわっと唾液が湧いた。

 自分の意志に反して手が動く。さわさわと、押しつけられた手で男の昂ぶりを衣服越しに撫でていた。視線がそこから離れない。

 耳元で「お前の口で慰めておくれ」と囁かれた。

 いやだ、と頭を振る。でも目はそこに釘付けで。

 男の目からすっと笑みが消える。

「――ウォルター、やりなさい」

 有無を言わさぬ声に、ウィルの心が震えた。

 喪失なくした名前をこんな時に呼ばれるとは思いもしなかった。

 ウィルはのろのろと男の膝から降り、床に膝を付いた。広げた足の間から股間を上目遣いで見つめる。ウィルがどんなに嫌だと考えていても、その顔は餌を前にしてお預けを食らった動物のようであり、様子も、そわそわと落ち着きがない。

 乾く唇を無意識に舌で湿らせながら、男の服に手を掛ける。前をくつろげると、その年にしては立派な逸物がまろびでた。

 むわっと体臭が鼻をつく。

 臭いと思うのに、早くしゃぶりたくてたまらない。

 ウィルは震える手でそれをささげ持ち、ぺろっとひと舐めした。味覚はすっかりおかしくなっているようで、なんて美味いんだと身体が喜ぶ。その反応は唾液の時以上であった。

 唇に貪り付いてきた男のことをもうウィルはばかにできなかった。

 我を忘れて男の陰茎に奉仕する。己の口で、舌で、角度と硬度を増す逸物が愛しいとさえ思う。

 じゅるりと唾液を塗し、ぺろりと恥垢を舐め味わい、鈴口をちろちろ舌先でねぶる。

「ああ、いい……ウィルは上手だね」

 誉められればそれだけ嬉しくて、歯を立てぬよう咥えてみる。もう入らないと思ったところで、ぐっと男の手が後頭部にまわり、引き寄せられた。

「ぁが……っ」

 鼻先に男の陰毛が触れる。喉奥を突かれ、嘔吐きそうになるも涙目でなんとか耐えた。耐えるために浅い呼吸を繰り返す。男の匂いが嫌でも鼻をつく。でもそれも、今のウィルには官能を高める一助でしかない。

「ウィル、美味しいかい?」

「……うん、おいひい」

「じゃあ、もっとおいしいものをあげようね」

 男がウィルの頭を掴んで、前後に揺らす。道具のような激しい扱いをされても、ウィルは懸命に歯を立てまいと必死だった。何度も喉を突かれ、込み上げる胃液と闘う。

「は……あっ、でるっ――!」

 やがて腔内で男の欲が弾けた。

 ウィルは瞠目した。口の中に広がる精の味。

 あれ? これってこんなに甘かったっけ?

 どんな相手でもいつもなら嫌々飲み干すそれを、ウィルは自然と飲んでいた。喉を通るごとに身体の疼きが消えていく。

 ウィルはうっとりと目を閉じた。

 まるで夢のように心も身体も満ち満ちていた。

 男が頭上でうっそり笑っていることを知らない。やさしく頭を撫でられ、そっとウィルは目を開ける。

 咥えたままの陰茎はまだ萎えてはいない。が、一度口から出した。ふうと息を吐く。

 満足感は長くは続かなかった。

 腹の奥がまた疼き始めた。切ない、と思う。もっと味わいたい、欲しい、と思う。堪え難いひどい疼きに、ウィルは犬のような吐息を零していた。

「あぁ……あ、はっ、はっ、はっ……」

「ああ、ウィル、かわいそうに。もっとほしいのかい?」

「はっ、はっ…………しぃ」

「もっと大きな声でちゃんと言いなさい」

「……っほしいっ」

「何が欲しいんだい」

 なに? なにってなんだ? あれしかないじゃないか。

 もう目の前のそれしかウィルには見えない。

「ほしい……あれ……あれが」

 たまらず伸ばした手を叩かれた。

「だめだよウィル、欲しいものはちゃんと言葉にしないと」

 欲しいのだろう、と耳元で囁かれる。その声すら、感覚が鋭敏となったウィルには毒で。 溢れんばかりの唾液を飲み込んで、ウィルは懇願した。

「お、おじいさまのせーえきがほしい……っ。僕におじいさまのせーえきちょうらいっ」 若干呂律が回っていないが、本人は気付いていない。

「いいとも、おまえが望むだけくれてやろう」

 己の陰茎に恍惚とした表情で舌を這わす孫を前に、祖父はうっそりほくそ笑む。今日この日のために魔法使いから、精力並びに体力増強の魔法も授かっている。ウィルはかけた魔法のせいで貞操観念が崩壊中だ。

 本人が欲しいと望むのだから、祖父は孫の期待に応えてやるのみだ。

 ――さあ、正気に戻ればありえないような痴態を見せておくれ。

 悪い男の顔で祖父は愛しい孫に嗤いかける。

「さあ、寝室へ行こうな?」

 

 

 

 


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