魔法の言葉


 

 整えられ青々とした芝生には敷布を広げ、寝転ぶヒトの姿がある。

 ほかにも、子どもを視界の内で遊ばせてベンチで束の間語らう親や、生け垣に沿って敷地を周回する走者。木々の下で内緒話をする恋人達なんかもいる。

 ここはいわゆる公園と呼ばれる人々の憩いの場だ。

「はいどうぞ、サラさま」

 モモは到着するなり、さっと手際よく芝の上に敷布を広げた。

「ありがとう、モモ」

 サラは自然とそれを受け入れて、敷布に腰を下ろした。モモの先回りする癖は簡単に治るものではないし、長らく甘受してきたサラだって、それぐらい自分で出来るとかそんなにがんばらなくてもいいのよと思うとこもあるけれど、やっぱり何にも言わない。

 半分はモモのために、半分は自分のために。

 モモが自分のためにしてくれることがこのうえなく幸せだから。

 そんなサラの気持ちを分かっているのかいないのか、モモはいそいそ持って来たバスケットから保温ポットとカップ、それからおしぼりを取り出した。温かいおしぼりをサラに手渡して、ポットの中身をカップに注ぐ。

 中身は冷えたお茶だ。でも冷たすぎない絶妙な加減がされている。

 ちょっとした運動で身体が火照っているサラにはちょうどよい。一口飲んで、そっと息を吐く。

 そよ風と太陽の温もり。日差しに暖められた芝生の上は午睡にうってつけだ。

「サラさま、疲れました?」

 サラはゆるりと頭を振る。

 サナギから目覚めて一ヶ月――。

 目覚めてすぐは状況把握やらで忙しかったが、最近は鈍っている身体を動かすべく、公園内の散策に励んでいる。公園自体は自宅から遠いため、モモに車で送迎して貰っている。 モモが運転できるのは知っていたが、これまでその車に乗ったことはなかった。もともとアーヴィング家にはお抱え運転手がいて、モモはいざというときのための控えとして技術を取得しただけの状態だった。

 普段とは違う、運転している横顔を盗み見る。なんだか面映ゆい。横顔なんて見慣れていると思っていたのに、どうして改めて見入ってしまうんだろう。

「ねえ、モモ。昨日のお話の続きをして」

「はい」

 隣に座ったモモが、旅の間の話を始める。

 信じられないことだがサラが眠っていた間、モモは『最果て』まで出かけていたのだという。いや、出かけていたという表現はおかしい。別にモモは望んで行ったわけでないのだから。

 モモは努めて何でも無いことのように旅の情景なんかを話して聞かせてくれるけれど、きっと辛いことがたくさんあったはずなのだ。

 その間、サラは安全な家の中で眠り続けていた。

 つくづく、自分のさがに嫌気がさした。自分がサナギにならなければモモが危険な目に遭うことはなかっただろうに。

「――モモ」

「はい、サラさま?」

 話の途中で、どうしても呼びたくなって名前を口にする。話の腰を折ったにもかかわらず、モモは嫌な顔ひとつしない。

 サラはその右肩にこてんと頭を寄せる。

「わたしのところに帰ってきてくれてありがとう」

「……はい」

 モモが柔く微笑んだ。

 きっと万人が見惚れるに違いない、そう思うのは欲目だろうか。だけどその笑みを向けるのは自分だけであって欲しい。

 欲深さは自覚している。

 サラはそっとモモの手に指を絡めた。

 戸惑うように肩を揺らしたモモが、ややして自分から指を絡めてくれた。決して初めてではないのに、ちっとも慣れないような、そんなところも好きだ。

 頭の中の冷静な部分が計算じゃないのかと囁くけど、聞こえないふりをする。

 そんなこと言ったら、打算のない人間ヒトなんてきっといない。

 もちろん、サラだって。

 

 

 門をくぐり、邸の玄関前で車が止まる。

 運転席を降りたモモが後部座席のドアを開けてくれるのを待つ。

「お疲れさまでした」

「ありがとう、モモ」

 車を降りたサラはちょっと背伸びして、きっと油断しているに違いないモモへと攻撃を仕掛ける。伸び上がった勢いで、ちゅっと頬に唇を押しつけた。

 案の定、モモが目を丸くする。

 その耳もとへ囁いた。

「後で続き、しましょう」

 

 

 

 

 さあさあと温かい霧雨が降るなか、上目遣いのサラを前にしたモモの胸の高鳴りは留まるところをしらない。

 明るい浴室。

 モモの裸の胸をサラの繊手が撫でる。アーヴィングを所有印を指先でなぞる。

 少しくすぐったい。

 それ以上に、そんなに触られたたら心臓が爆発するんじゃないかとさえ思ってしまう。きっと今どきどきしているのも、指先から伝わっているに違いない。

 上気した肌、曲線を描く身体。初めて見たわけじゃない。だけどいつだって目のやり場に困る。湯気は衣のようになにもかもを完璧に隠してはくれないから。

「さ、サラさま……」

「うん?」

 小首を傾げるサラの目には、どこか悪戯っぽい色がある。

『続き』を待っているのだ。そんなことはモモだって分かっている。それに否やはないのだ。

 あるじに求められればモモに断る術はない。

 だけどモモが応える理由はそれだけじゃない。

 モモがしたいからするのだ。

 やるからにはやさしくしたい。でも始めてしまったら歯止めが利かないかもしれない。そんなモモの葛藤をおそらくサラは見抜いている。

 だからいつだって誘うのはサラだ。そうやってモモのために理由を作ってくれる。

 でもそれがかえってモモを悩ませてもいる。

 気が利かない、なんてのはモモの存在意義としては許されないことだ。

 モモはサラの頬をそっと両手で包んだ。

 気配を察したサラが瞼を閉ざす。

 そっと柔らかな唇に口づける。浅いそれが深いものになるのにそう時間は掛からない。舌を絡ませ、互いの呼吸を貪るように重ね合う。

 縋るようにサラの腕がモモの首後ろへ伸びる。

 モモは彼女の肩から背中を肌の感触を味わうように撫で下ろし、その手を腰からへそ側へとまわす。そうして一旦、唇を離した。

「は……っ」

「……ぁ、」

 唇を銀糸が繋ぐ。

 モモはサラの胸を両手で下からすくいあげた。

「あ……っ」

 つんと突き出た尖りを甘噛みする。舐めて、吸って。やわやわと指の腹で膨らみをもみしだく。

 谷間に鼻先を押しつけて、すんと息を吸う。

 サラの匂いを、味を、堪能する。

 大好きなサラを心ゆくまで堪能する。

「サラさま、気持ちいい……?」

「く、すぐったいから……そこで喋っちゃ駄目」

 なんて言葉が返ってくるけど、それだけじゃないのは声や身体の反応を見れば分かる。

「嫌ならやめます……けど?」

 意地の悪い問いかけだと自分でも思う。きっと昔の自分だったらしなかっただろう。

 いや、そういう演技が必要ならしていた。でも今のは愛玩用としての科白じゃない、モモの言葉だ。

 言いたいから、口にした。

「……分かってるくせに」

 ちょっとだけ拗ねたサラの声。

 ……うん、でも本気のじゃない。

 モモは笑って、愛撫を再開した。サラが可愛らしく啼いてくれるよう、丁寧に根気よく励んだ。

 サラに起こる反応が、モモの探究心に火を付ける。

 左手で尻の丸みを撫でながら、右手を秘されたそこへと伸ばす。

 くちっと濡れた音がした。

「サラさま、濡れてる……」

「……言わなくて、いいから……っ」

 羞恥を堪えるように発された語尾は掠れている。

 ……かわいい。

 奥へとモモは指を潜り込ませた。びくりとサラの身体が強張る。

「サラさま、すき、大好き」

 潜り込ませる指を増やし、親指の腹で花芽を探る。触れた瞬間、サラが声を上げて啼いた。

「あ……っ、やだ、そこ」

「はい、うんとやさしく触りますね」

 触らないという選択肢はない。

 花芽を擦るとなかがきゅんと指を締めつけてくる。

 早く欲しい、と誘われているみたいで、気が逸る。それを我慢して、指でサラを高めることに集中する。

「あ……っ、モモ、だめ、いっ……」

「イキそう?」

「んっ。もう、やっ――」

 サラの身体がぶるりと震え、くたっと弛緩する。モモは秘所から指を引き抜いた。それがまた刺激となって、サラが小さく声を漏らす。

 その眦から生理的なものだろう涙が頬を伝う。モモはそろりと乾いた指で拭い取った。

 とろんと熱に冒された瞳の中に自分が映っている。

 両腕に収まる愛しいヒト。

 これ以上は我慢できない。

「……サラさま、いれていい……?」

「ん、きて」

 そんな可愛らしい声で誘われて、我を忘れない方がどうかしている。

「ああ……サラさまのなか、あったかい……」

「モモ、あなたいつもおなじこと言ってるわ」

 くすくすと、おかしそうにサラが笑う。

 心外だとモモは唇を尖らせた。

「だって、そうなんだから」

「やだ、怒らないで。莫迦にしたわけじゃないの。わたしだって……ああモモがなかにいるんだなって、とっても満ち足りた気分なんだから」

 好きよ、とモモの頭を抱き寄せてサラが囁く。

「愛してる」

 その一言が下腹に直撃した。

 ……あいしてる、だって。

 サラの口から言われると、なんて素敵な響きだろう。胸の中が熱くて、鼻の奥がつんとする。

 初めて、言われた。

「ぼくも、あいしてる」

 初めて、口にした。

 笑う傍からぽたりぽたりと雫が落ちる。

 サラが驚いた顔をして、でもすぐ優しい微笑みへと変わる。

「モモ」

 堪えきれず、声をあげて泣いた。

 きっとこんなに泣いたのは生まれて初めてだ。

 涙を流したことは数あれど、こんなふうにちゃんと泣いたことはなかった。そんなモモの背中をサラが優しく擦ってくれる。

 

 ――モモにとって忘れられない日がまた一つ増えた。