02


 

 淡く、そして青白い燐光を纏った蝶が目の前を飛んでいく。

 一目でこの世のものではないと分かるも、それでも固唾を飲んで注視せざるをえない優美な蝶。

 その軌跡を辿った先には笑顔を振りまく天使がいた。

「さあさあ、寄っていて。僕の兄様と姉様の、世にも驚く手品がはじまりますよ」

 甘い声と思いきや、可憐な唇から零れるのはやや掠れた声。けれど決して耳障りではなく、意外な響きは驚きも相まって天使に付加価値を与える。

 そうしてまた、朝市からの帰り客が一人、足を止めて行く――。

 

 

 

 とある街の、朝市がずらりと軒を並べる通り。

 その端が接する広場には、通りには店を出せない流れ者や日課の散歩する地元の人間、はたまた日銭を稼ごうと息巻く芸人など、数は多くないが色んな人がいる。

「それでははじめます」

 ようこそ紳士淑女の皆さん――お決まりの口上をアッシュは述べない。ただ淡々と開始の言葉を口にするのみだ。なにしろ自分は興行主ではない。

 移動の馬車を背景に、アッシュとレイは客の前に立つ。

 この街に立ち寄るのは初めてなこともあり、客の数はそう多くない。ちょっと離れたところで謳っている詩人の方がここで一番人だかりできている。

 よい声だな。アッシュは意識を切り替え、他人からはちっともそうは見えない笑顔をつくった。さりげなく、レイの表情を窺う。姉はいつもの仏頂面でなく、よそ行きの愛想のいい顔をしている。

 自分の行動指針を、姉の望みを再確認し、アッシュは小さく息を吸う。

 ちなみに一座の呼び込み役兼看板とも言えるウィルは、にこにこ愛想を振りまきながら馬車馬の鼻面を撫でていた。

 アッシュは水を掬うように両手を顔の前で寄せた。

 手の中に淡い光が生まれる。

 人前で芸を披露しているのだと意識して、光に息をそっと吹きかければ、それが白い蝶に変じた。

 客の意識が自分の手もとに集中している。

 それによる緊張や失敗することへの不安のようなものをアッシュの顔に見つけることは難しいだろう。なぜなら彼の表情はいつものように凪いでいたし、そんな負の感情に囚われる自体滅多にないからだ。

 蝶を左手に移し、右手で助手のレイを呼び寄せる。

 目配せすると、レイが先ほどのアッシュのように胸の前で手を合わせた。

 そっと蝶を乗せた方の手を彼女に差し向ける。

 淡い燐光を零して蝶がその場でひと羽ばたきした。

 誰もが蝶は助手の手に飛び移ると思った矢先、

「わっ」

 驚いた声が一つ。客の目がそちらに向く。

 馬の鼻面を撫でていたウィルの周りを舞う一羽の蝶。しかし馬は暴れることなくまるで茶番とでも言いたげにおとなしくしている。やがて蝶はウィルが差し出した右の手のひらに止まった。

 その光景はこんな雑多な場所にも関わらずなんとも神秘的で、観客達が思わずといったふうに息を漏らす。

 ここまで、予定調和である。

 次に移らんと、アッシュは指を鳴らした。

 はっとしたように客がこちらに視線を向ける。その左手にはまだ、蝶がいる。

 アッシュは無言で、もう一度弟の方を見ろと視線で客達に促す。

 白いその手には一羽の蝶。

 首を捻る客の中、はっと何かに気がついたように両者を見比べる客。

 そう、蝶はどちらの手にもあるのだ。

 アッシュは空っぽの方の手のひらをレイの手に被せた。

 蓋を開ければ彼女の手にも蝶が一羽。

 かわりにウィルの手からは蝶が消え、彼がしょんぼりと肩を落とす。

 何も知らなければ思わず同情したくなるような演技っぷりである。その腹の内はどうせ、今日の客もチョロいな、くらいのことを考えている。

 アッシュはいまだ蝶の乗る左手を、小指から閉じていった。やめてと、小さな子どもの悲鳴が聞こえる。だいじょうぶ、殺してない。心の中で言い返しつつ拳にそっと息を吹きかけた。

 そろりと開いた手の中に蝶はいない。跡形もないのを示すように客に向かって見せつける。

 その横でレイが、蝶を乗せた両手を宙に向かって広げた。

「――っ」

 瞬きを忘れたように観客の目が釘付けになる。

 手の中から飛び出した無数の蝶々が淡い燐光を零しながら観客達の頭上を越えていく。中には子どもの頭や肩やらに止まっていくものもある。

 目の前に現れた蝶に歓声を上げる子ども達。目に分かるような変化はないものの、レイがその光景に心和ませてるのをアッシュはきちんと分かっていた。

 双子、だからか。姉のしたいことはなんとなくわかってしまう。

 もちろん、一から十まで何もかもとはいかない。

 おおよそ――そう、こと魔法に関して、といえるだろうか。

 

 

 

 ※ 

 

 魔法が当たり前にある、そんな国では優れた魔法使いかどうかが地位を決める。

 名家の一つに、俗に言う女系家族というやつで、魔法の才はおおむね女性にしか現れない。そんな家があった。

 家の中を支配するのは当然女性、そんな家に双子が誕生した。

 なんと男女の双子だ。

 家の中は揺れた。

 ふつうはひとつであるところ、ふたつというには何が意味があるのか。

 大人達は――女たちは、産声をあげたばかりの赤子をようくようく検分した。

 女児に魔法の才を示す魔力の流れを認めて、大人達はほっと息を吐いた。

 我々の繁栄は終わりではないようだと。

 そうして女児にだけ、名を与えた。

 全てにおいて女性が発言権と決定権を持つこの家で、男性に人権はないに等しい。

 生まれた男児の養育は二の次、いや、おざなりと言ってよかった。

 生まれた双子の片割れもまた、同じ運命を辿る――。

 

 少年は物心ついてから邸の中で父親を見た記憶が無い。かといって母親の方も数えるほどで、部屋の入り口から遠くの石でも見るような一瞥をくれただけだった。ひょっとしたら何か言葉をくれたかも知れないが、今となってはちっとも声を思い出すことが出来ない。

 彼にとって男とは言葉を持たず、彼の粗相を片付けたり、空の食器を下げていく影の薄い存在であった。

 対して女とは、決して抗ってはいけない恐ろしいものであった。

 彼女たちは事が無くてもあっても彼の元へやってきて、言葉を投げつけ、時に暴力をふるった。

 生理的な涙を流しこそすれ、ろくに抗いもしない幼子を女たちは気味悪がった。

 そんな彼が押し込められていたのは、狭く日の射さない離れの物置部屋だった。部屋の外に出ることを彼は固く禁じられていた。

 隣で産声をあげた姉の存在を知りながら、彼はまったく顔を知らなかった。双子というからには似ているのかもしれないが、この暗い部屋に鏡はない。しかし双子だからか、離れていてもその存在だけは感じ取っていた。

「……ああ、やっと会えた」

 姉が自力でとうとう彼の居場所を探し当てたのは、生まれてから五年の月日が経った時。

 それから彼女は人目を忍んでは彼の元へ来るようになった。けれど子どものすることだ、勘づいた大人によって、彼女はいとも容易く弟から引き離される。

 それでも諦めず会いに行こうとする彼女に、大人達はこう考えた。

 あれは娘にとってはそう、乳飲み子が片時も離さそうとしないぬいぐるみのようなものだ。害にはなるまいよ、と。

 だってアレは空っぽだ。

 泣きもしないし、喚きもしない。

 大人から見れば気味の悪い子ども。けれど当の少年自身は、ただその必要を感じていなかっただけにすぎない。

 生まれた時から漠然と識っていた。

 自分は同じ腹から生まれた片割れを守るためにあると。

 言葉も話せない内から自分の役目を彼は悟っていた。自分はただ姉を補うためにある。自分が持つのは姉からあぶれたものだけでいい。

 そうして意識せず産声を上げたときから大人達の目を欺いた。

 ないはずのものがあるように錯覚させた。

 彼女も無意識に望んでいたから。

 

 

 少年がもうじきこの世に生まれて十年になるという頃。

 真夜中、音もなく物置部屋の戸が開いた。

 時計なんてなかったが、これまでの経験と勘で彼は夜中だろうと考えていた。

 前触れもなく誰か来ることは当たり前だったから、驚きもせず、ただ蝶番の軋む音に反応して浅い眠りから覚醒した。

 だれ、と口なのかで誰何して、暗闇に目を凝らす。ランプなんて上等なものは部屋にはなくて、昼でも明かりがなければ真っ暗な部屋は夜になればもうどこもかしこも見えなくなる。

 侵入者が語りかけてきた。

「お前を連れ出しに来た」

 女の声ではなかったことに、彼は些か驚いた。

 初めて耳にする低い声。

 この部屋に来る影の薄い男達が時折洩らす呟き声とはまた違う、はっきりとした意思がそこにあった。

「……どこのだぁれ?」

 この部屋に来る大人達の誰に対して、彼は今までそうやって問うたことはない。

「おまえの親父殿に頼まれた」

「とうさまに?」

「そうだ」

 侵入者の頷く気配。

 少年は父親の顔を思い出そうとしたが、早々に諦めた。彼がいつだってきちんと顔の子細を思い浮かべられるのは、ただ一人の姉だけだったからだ。

「つれだすって、どこへ?」

「この邸の……いや、この国の外だ」

「そと……」

 考えもしなかった単語を口の中で転がす。

 これまで部屋から出たことのない彼には国の外など想像の範疇を超えている。少年は夢想家ではなかった。現実逃避に夢物語を創造する力はおろか、その下地を持ち合わせていなかった。活字や絵本といった娯楽はこの部屋にはない。楽しい話題をもたらすのはいつも姉であり、それだって毎日ではない。その内容だって子どもが見聞きし感じた他愛もないものだ。

 姉の話は弟の心を和ませても、教育まではしてくれない。

 彼の発想力は貧困だった。

 それでも大事なことだけは感じ取れた。

「ねえさまは?」

「え?」

「ねえさまもいっしょ?」

「いいや、行くのはおまえだけだ」

「だめ、ねえさまもいっしょじゃなきゃ、だめ」

「どうしてだ、お前の姉さんはここでは何の不自由もないだろう」

 ふと風が動いた。侵入者がしゃがんだか何かしたようだ。もしやすると向こうからはこちらの顔がはっきり見えているのかも知れない。

「おまえは男というだけで、ここでは酷い扱いだ。外に行けば、おまえは自由に息が吸えて、話せて、飯だってもっとまともなものが食える。こんな狭っ苦しいところとおさらばして、日の光のあたるところへ出るんだ」

 いつもこの部屋へ来る大人達のような、言葉の裏に見え隠れするものが男の言葉にはない。ということは、侵入者は本当に自分を、それも彼の父親に頼まれてこっそりこんな夜中に連れ出しに来たのか。

 少年はいままで生きてきて、初めて父親というものの存在を強く意識させられた。顔も知らない、単語以上の意味もなかったものがこの時初めて実態を持ったのだ。

 この人なら、気付かせてもいいだろうか。

 それは直感的なものだった。

「……ねえさまがいっしょなら、いく」

「だから姉さんは――」

 言葉の途中で侵入者がはっと息を飲む。

 察した気配に、少年は黙って頷いた。顔が見えているならきっと分かっただろう。あなたが気付いたとおり、それが答えだ。

「そうか……お前、ずっと守ってきたんだな」

 しみじみと言葉を吐いた後、気配が動いた。

 いたぶる目的以外で、それも姉以外の腕で、誰かに抱きしめられたのはこれが初めてだった。

 

 

 

 家の中を支配するのは女性、そんな家に双子が誕生した。

 大人達は――女たちは、産声をあげたばかりの赤子をようくようく検分した。

 女児に魔法の才を示す魔力の流れを認めて、大人達はほっと息を吐いた。

 

 まさか男児が彼女たちの目を欺いたとも知らないで。

 

 

 

 ※ 

 

 この街でアッシュ達が芸を披露して今日で五日目。

 目的にもよるが今回は、明日の朝市が立つまえにここを去ると決めてあった。

 連日朝昼二回公演も終了。今は明日の出立に向けた準備をそれぞれがしている。アッシュは移動の馬車の点検だ。

 暮れかけた空に、足下の影が長く伸びる。

 茜色に目を眇めたアッシュの前に、黒い燐光を零す蝶が忽然と現れた。

 黒い沼から生まれたような、不吉の兆しのような色。魔法の蝶が羽ばたいてアッシュを急かす。

 工具など捨て置いて、アッシュは立ち上がった。

 

 

 

 はっ、はっ、はっ……。

 獣のように腰を振り立てる。

 ぎりぎりと締め上げる男の手の中でみちみちと軋むもの。口端からぶくぶくと泡を吹く少年の目が何度も裏返ろうとしている。

 抗うほどに締めつける天使の後孔に、ああ天にものぼるようだと夢見心地で彼は腰を振り、己を打ち付ける。

 この子は今までのどの子よりも素晴らしい名器だ。

 しかし悲しいかな、もう二度と味わえない。

 呼吸を求めて喘ぐ少年の口腔に吸い付く。

 ぐっと首を締める力を強めた。

 さあわたしといっしょに天国を見よう――。

 びくんと少年が痙攣した。これまでにない締めつけにたまらず中に吐精する。目を閉じて、上り詰める一瞬の悦楽に酔いしれる。

 やがて、ふうと熱い息を吐き、物言わぬそれを見下ろす。

 白目を剥いて汚物を洩らす、天使だったものを。

 思わず目を背けたくなるような光景だが、それでも男の欲望は萎えやしない。想いのままに男は腰を振り、打ち付け、吐精寸前で引き抜くと天使を白濁で飾り立てた。

「ああ、きみはすばらしかった、わたしは決してきみを忘れない……」

 快すぎて、怖いくらいだ。忘れられるわけがない

 だからまた、きみのみたいな名器を探さなくちゃ――。

 陰茎で、手のひらで、少年の肌に丁寧に精を塗り込める。

「そこまでだ」

 ふっと頭上から影が差したかと思うと、彼の身体は宙を舞っていた。

 何が起こったのかちっとも分からなかった。

 音も立てず背後に忍び寄った影が、彼の首根っこを掴んで投げ飛ばしたと彼が知るのは檻の中で目覚めた後である。

 

 

 さびれた路地の袋小路。

 蝶に導かれアッシュが駆けつけたとき、主人あるじの、ウィルの呼吸は既に止まっていた。

 蛮行を働いた男の意識を奪ったのち、手足を魔法で拘束してから主人の傍らに膝をついた。同じように少し遅れて駆けつけたレイが冷ややかに男の局部を見下し踵を捻り込もうとするのを、名を呼ぶことで制する。

「レイ」

「……分かってる」

 普段から主人に愛想笑いもせず、皮肉だって返すレイだけれど、だからといってウィルを蔑ろにしているわけでない。

 アッシュと愛し方は違えども、レイにとってもウィルは大事な主人だ。主人を害すモノは己の敵。その気持ちはアッシュにも痛いほど分かる。

 これが仕事でなければ、そこで転がる変態をアッシュは必ず始末しただろう。

 見開かれたままの主人の瞼を閉ざしてやり、その冷たい身体にアッシュは浄化の魔法をかけた。汚物が消えゆく様を眺めながら、その時を待った。

 彼が息を吹き返すのを。

 首から次第に鬱血根が消えていく。擦過傷は見えなくなり、土気色の肌に赤みがさしていく。

 いろんな魔法を知っているけれど、蘇生の魔法をアッシュは知らない。

「っは――」

 従者たちが息を見守る中、ウィルが息を吹き返した。

 その眦から一筋、雫が伝いおちる。

「あー……苦しかったあ……」

 濡れた睫を瞬いて、力なくウィルが感想を零す。その視界に従者たちの姿を認め「首尾は」と問う。さながら今宵の夕食の品を訪ねるような当たり前の口調で。

「問題ないわ」

 これまた当たり前のように返して――そこには怒りも心配の色もなく、レイが持参の着替えを主人に手渡す。そしてウィルは当たり前の顔で、アッシュの手を借りて起き上がりながら着替えを受け取り、転がる変態をさっと一瞥する。

「さすが親父の友人が治める街なだけはある」

 その言葉には彼だけが知る苦渋が込められていた。

 

 

 

 アッシュ達がこの街に来たのはもちろん、命令あってのことだ。

 ただいつもと違い、今回は上役から個人的な依頼だった。

 ――友人が困っているから助けてやってくれ。

 助けて欲しい、ではなく、助けてやってくれ。そこには絶対的な響きがある。そうでなかったとしても、断ることはできないのだが。

 友人とやらは、一つの街を治める長だった。

 アッシュ達は公の存在でないため、極秘に彼と接触を図った。

「この三ヶ月ばかり、いたいけなこどもばかり狙われていてねえ。その犯人を捕まえて欲しいのだよ」

 彼は年端もいかない子ども達が丹精込めた庭で笑い声を立てるのを、そこをよく見渡せる部屋の中からうっとり眺め、ウィル達にそう言ってきた。

「瑞々しい彼らは人の目に愛でられるためにあるのだ。決して触れて、もいでよい訳がない」

 断固とした決意を滲ませる横顔に、アッシュの主人は一言「そうですね」とだけ返した。その目が笑っていなかったことを従者二人だけが知っている。

 愛しても手は出すまいと誓うもの。

 片や、愛故に手折らんとするもの。

 似たようなモノじゃないか、と言ったなら双方から違うと不定の声があがるのかもしれない。その理念は、アッシュにはよく理解できないけれど。

 自分の息子が酷い目にあうと識っていても平気で命令をよこしてくる上役もまた、アッシュにはあまり理解できない存在だ。

 

 

 

 *

 

 

 かつて盗賊砦と呼ばれたそこは、今ではその国の境を守る要だ。

 砦を中心とする辺境領の主人は年齢不詳の色男ともっぱらの噂だが、会ってみれば意外にも誠実そうな男に見える。ひとつ間違いない無いのは、辺境にいるよりも都会が似合う綺麗な顔をしていることだ。それが彼を年齢不詳に思わせる一因にもなっている。

 彼に妻がいた。彼に似合いの美しい女だ。

 でも二人に子どもはいない。公式には幼くして病で死んだと記録されている――。

 

 

 

 

 魔法が当たり前の国から、そうではない国に連れてこられ。

 双子はそこで、一人の子どもと出会う。

 

 あの日少年のもとへやってきた男は、双子をとある国の辺境領の主人に託した。綺麗な顔の男であった。笑顔であったが何となく得体の知れぬものを二人は彼から感じ取っていた。

 彼に引き合わされた子どもは、見る限り双子よりもいくらか年上だった。おそらく少し前まで泣いていたのだろう、目元を赤く腫らしている。

 その子どももまた綺麗な顔をしていた。ただ辺境領の主人と趣が違い、淡いとか儚げという言葉が当てはまる類のもので。

 二人は傷つきやすい硝子みたいな印象を彼から受けた。

 もっとも当時の双子に彼を的確に表現できるだけの語彙がなく、二人はしばし未知と遭遇した面持ちで彼に見入っていた。

「おまえにこれをやろう」

 子どもは驚いたように父親を見上げた。けれど追加の言葉はなく、もう用は済んだとばかりに彼はさっさと踵を返してしまう。

 連れてこられただけの双子はどうしていいのか分からず、寄る辺なく、互いに顔を見合わせ繋いだ手を握りしめた。

 

 

 

 


戻る

次へ